万里の長城

司馬台長城|万里の長城 

中国を代表する世界遺産・万里の長城。司馬台(しばだい)長城は、万里の長城の中でも手つかずの状態で城壁が残っている長城の一つとして有名です。 司馬台長城とは 北京から北東約120kmの場所にある司馬台長城は、金山嶺(きんざんれい)も築いた明の名将・戚継光(せきけいこう)が築いたとされています。万里の長城にある数ある城壁の中でも、とりわけ急な斜面に城壁や望楼が建設されており、その様相から天梯(天へ上る...

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金山嶺長城|万里の長城

北京市中心部から北東へ約130km、北京市と河北省承徳市漆平県の境界に、金山嶺(きんざんれい)長城はあります。万里の長城の中でも、美しい様相から「長城の中の長城」と呼ばれています。 金山嶺長城とは 金山嶺長城は、同じく明代に築かれた司馬台(しばだい)長城の北にあります。明代の名将・徐達によって築かれ、その後、戚継光(せきけいこう)らが、徐達が築いた長城を基に改築しました。今は途中で分断されています...

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黄花城長城|万里の長城

黄花城(こうかじょう)長城は、万里の長城の中でも水に沈んだ長城として有名です。 黄花城長城(水長城) 北京から約65km、懐柔県に黄花城長城はあります。もともと黄花城長城は、水に沈んでいたのではなく、長城があった山にダムができ分断されたため、現在のような景観になりました。黄花城長城は、ダム湖に沈んでいるかのように見えることから「水長城」と呼ばれています。 黄花城長城は、八達嶺のように観光整備せれて...

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居庸関|万里の長城

北京市から八達嶺長城へ向かう途中に居庸関(きょようかん)はあります。万里の長城上にある関所の中でも、特に重要な役割を担っていたのが居庸関でした。 居庸関とは 居庸関は、北京からモンゴルや西域へ向かう中継地点にあたります。そのため北京の北部の防衛線(万里の長城)の総司令部とも言える関所で、歴史は古く、春秋戦国時代に築かれたのが最初と言われています。当時の百科全書「呂氏春秋」にも「天下九塞、居庸其一(...

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八達嶺長城|万里の長城

万里の長城の中でも、最も有名で多くの観光客を集めているのが八達嶺(はったつれい)長城です。北京の北西約70km、車で約1時間半の場所にあり、交通の便も良いため、万里の長城において一般的な観光地といえば、この八達嶺長城です。 八達嶺長城とは 全長3.7kmある八達嶺長城は、1505年明代に造られました。入り口を入ると南北にルートが分かれており、北側は「女坂」と呼ばれており、比較的傾斜が緩やかなため、...

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山海関|万里の長城

司馬遷の「史記」に長さを「万里余(ばんりよ)」と記されたことに由来する万里の長城。世界遺産を代表する巨大建造物としても有名な万里の長城は、1987年に世界遺産に登録されました。 万里の長城の歴史 長城建設が始まったのは、紀元前7世紀後半と言われています。古代中国では、外敵や北方民族の侵入に備え、国境防衛のため次々と城壁が諸国によって個別に築かれました。そして個別の城壁を統一させたのが、秦の始皇帝で...

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慕田峪長城|万里の長城

万里の長城の中でも、特に保存状態が良いことで知られる慕田峪長城(ぼでんよくちょうじょう)は、北京市内から北へ約70kmの場所にあります。 慕田峪長城とは 慕田峪長城は、555年南北朝時代に建設されたもので、明時代に太祖洪武帝から命を受けた徐達が、居庸関(きょようかん)などと並ぶ重要な関所として改修したといわれています。 慕田峪長城の最大のみどころはその城壁。燕山山脈に沿って全長2 kmに渡る城壁は...

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嘉峪関|万里の長城

中国を貫くように築かれた万里の長城において、山海関、居庸関、とともに三大関として知られているのが嘉峪関(かよくかん)です。 嘉峪関とは 嘉峪関は、甘粛省嘉峪関市の市街地から6kmほどの場所にあります。万里の長城の最西端の関所で、南は、祁連(きれん)山脈、西はゴビ灘、東は酒泉盆地に囲まれた地に、モンゴル民族の侵入を防ぐために築かれました。 嘉峪関の見どころは、天下雄関と称えられた関城。1372年建設...

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世界最古!?築年数が長い世界遺産5選

エルジェムの円形闘技場 アフリカに存在するローマ遺跡の中で最も印象的な遺跡で、イタリアのローマに存在するコロッセオに間違えられることもしばしばあります。 要塞としての役割を果たした時期もあり、トルコ人がオスマン帝国の侵略に対抗するためこの遺跡の中に立てこもり大砲を撃ったほか、第二次世界大戦ではドイツ軍からの攻撃を防ぐための防空壕の役割を果たしました。 また発掘の過程では周辺の建造物の床の部分にいく...

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