レプティス・マグナの考古遺跡

セウェルス帝のフォルム|レプティス・マグナの考古遺跡

セウェルス帝のフォルムは、1982年に世界文化遺産に登録されたリビアの世界遺産「レプティス・マグナの考古遺跡」の構成資産の一つです。 セウェルス帝のフォルムとは セウェルス帝のフォルムは、セウェルス帝が3世紀初めに行った都市計画の際に、町の中心として新しく建設した広場です。 フォルムには、エジプトや小アジア半島などから運ばれた大理石や花崗岩が惜しげもなく使用され、町の中心として相応しい壮麗なものと...

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バシリカ|レプティス・マグナの考古遺跡

バシリカは、リビアの世界遺産「レプティス・マグナの考古遺跡」の構成資産の一つです。 レプティス・マグナの考古遺跡にあるバシリカとは セプティミウス・セウェルス帝の命により造られたバシリカは、セウェルス帝のフォルムの北側にあります。バシリカが完成したのは、セウェルス帝没後の216年のことで、セウェルス帝の息子カラカラ帝によって完成されました。 バシリカは、レプティス・マグナにおける商業活動の中心とし...

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市場|レプティス・マグナの考古遺跡

リビアの世界遺産「レプティス・マグナの考古遺跡」の構成資産の一つである市場は、アウグストゥス帝の劇場近くにあります。 レプティス・マグナの市場とは 市場は、8世紀につくられたといわれています。中庭には、パビリオンと呼ばれる八角形の建物が2つあり、各辺に2軒、計32軒の店舗が並んでいました。 市場では、農作物だけでなく、アフリカの内地から運ばれてきた黄金や象牙、宝石も並んでいました。 また、奴隷や猛...

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円形闘技場|レプティス・マグナの考古遺跡

円形闘技場は、1982年に登録された「レプティス・マグナの考古遺跡」の構成資産の一つです。 円形闘技場とは 都市中心部から、東に約1kmの場所に円形闘技場はあります。海岸の傾斜を利用して造られた闘技場は、162年、マルクス・アウレリウス帝(第16代ローマ皇帝)の時代に建設されました。収容可能人数は、約1万6千人とも言われ、ここでは、奴隷の剣闘士と猛獣との戦い、人間同士の死闘などが繰り広げられていま...

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ハドリアヌス帝の浴場|レプティス・マグナの考古遺跡

ハドリアヌス帝の浴場は、1982年に登録されたリビアの世界遺産「レプティス・マグナの考古遺跡」の構成資産の一つです。 ハドリアヌス帝の浴場とは ハドリアヌス帝の浴場は、137年レプティス・マグナに治水事業が整ったのを受けて、ハドリアヌス帝の命により完成した公共浴場です。 レプティス・マグナで初めて大理石が用いられた建造物で、浴場のほかに、屋外プール、巨大な冷浴室などが設けられていました。 浴場は、...

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アウグストゥス帝の劇場|レプティス・マグナの考古遺跡

アウグストゥス帝の劇場は、リビアの世界遺産「レプティス・マグナの考古遺跡」の中でも、特に保存状態がよい遺跡です。 アウグストゥス帝の劇場とは アウグストゥス帝の劇場は、1世紀初頭にローマ帝国初代皇帝アウグストゥス帝によって建設されたと考えられおり、円形劇場としては、北アフリカで2番目の大きさを誇っています。劇場には、古代カルタゴ語とラテン語で献辞が刻まれ、当時のレプティス・マグナにおいてフェニキア...

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トラヤヌス帝の凱旋門|レプティス・マグナの考古遺跡

トラヤヌス帝の凱旋門は、リビアの世界遺産「レプティス・マグナの考古遺跡」の構成資産の一つです。 トラヤヌス帝の凱旋門とは トラヤヌス帝の凱旋門の建設を命じたのは、レプティス・マグナ出身のローマ皇帝セプティミウス・セウェルス帝でした。セウェルス帝は、ローマ帝国の領土を拡げ、貧しい人々の救済や治水事業を推し進め、ローマ市民の尊敬を集めたトラヤヌス帝に敬意を表すため、トラヤヌス帝の凱旋門を建設しました。...

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セウェルス帝の凱旋門|レプティス・マグナの考古遺跡

リビアの首都トリポリから東へ約100kmの位置に、「レプティス・マグナの考古遺跡」はあります。レプティス・マグナは、紀元前9世紀、カルタゴを拠点としたフェニキア人によって築かれた港町です。当時は、レプティスと呼ばれ、カルタゴの衛星都市となり、大都市へと発展しました。 セウェルス帝の凱旋門 セウェルス帝の凱旋門は、198年レプティス・マグナ出身のローマ皇帝セプティミウス・セウェルス帝が東方パルティア...

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