サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院



サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院

サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院はスペインにある修道院で、世界遺産に登録されています。グアダルーペのには2400人程しかいないにもかかわらず、14世紀頃からキリスト教徒の訪問が絶えませんでした。

彼らの目的は王位修道院に祀られている黒い聖母像です。伝説によると、聖母像はキリスト教の伝道師聖ルカが彫ったもので、714年に追い迫るイスラム教徒から逃げる際に、キリスト教徒が川辺に埋めたものとされています。その後の1320年、羊飼いのヒル・コルデロが聖母マリアのお告げ通りに川辺を掘ったところ、この像が出てきました。グアダルーペはアラビア語で「隠された川」という意味で、村も川もグアダルーペと名付けられました。

聖母像を安置する聖堂を建てると、多くの人が訪れるようになりました。カスティリャ王アルフォンソ11世が訪れた際に、聖堂があまりに小さいことに驚き、拡張を命じました。遠くからやってくる人のために宿泊施設と病院も建設しました。

1336年に工事が完成してから4年後、アルフォンソ11世はイスラム教徒との戦いに大勝利を収めました。彼はこれがグアダルーペの聖母の加護によるものだと信じ、さらなる増築を命じました。

世界遺産【サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院】

1389年には聖堂の管理が修道院に任され、聖堂の傍らに修道院が建てられました。この修道院は16世紀に全盛期を迎え、修道院内の宿泊施設には巡礼者が何百人も寝泊りし、飼育する羊は1万頭を超えました。

グアダルーペの聖母像崇拝は根強く、現在でも巡礼者は多くいます。王族にも有名で、カトリック教徒であったカスティリャ女王イサベル1世とアラゴン王フェルナンド2世夫婦は23回も来訪しました。大西洋後悔直前のコロンブスともここで2度会っています。

コロンブスが初めて新大陸に到達した帰路、船は嵐に襲われますが、コロンブスはグアダルーペの聖母に祈りを捧げました。そして無事に帰国することができました。

また、2度目の航海では、カリブの島の1つをグアダルーペ島と名付けました。アメリカ大陸には約200か所もグアダルーペの地名があり、南アメリカでは今でも熱狂的な信者が多くいます。

 

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