ザルツブルク市街の歴史地区

オーストリアのザルツブルクと言えば、古典派音楽を代表する作曲家として、世界的にも名高いモーツァルトの生誕地として知られています。このザルツブルクの街は、歴史的に大きな役割を担ってきたことでも知られており、同都市の「新市街」「旧市街」、その両方が1996年に世界遺産として登録されました。

「ザルツブルク市街の歴史地区」主要スポット

 

塩の交易で発展したザルツブルク

【世界遺産】ザルツブルク市街の歴史地区ザルツブルクと言う名は、この地が塩の豊富な採掘地であったことに由来していて、その名の通り、この都市は塩の交易によって発展を遂げてきたと言われています。

また、中世になると、ザルツブルクは「宗教都市」としても知られるようになり、様々な建造物も建てられました。ザルツブルクの街は、そうした発展により、イタリアの都市になぞらえた、「北のローマ」や「北のフィレンツェ」といったような呼び方もされていたと言われています。

ザルツブルクにおいて、とりわけ有名な建造物には「聖ペーター修道院」や「大聖堂」、「ホーエンザルツブルク城」などがありますが、それ以外にも長い歴史を、今に伝える貴重な建造物が多数保存されています。

 ホーエンザルツブルク城

【世界遺産】ザルツブルク市街の歴史地区

メンヒスベルクの丘にあるホーエンザルツブルク城は、1077年に神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世とローマ教皇グレゴリウス7世の間に起きた聖職叙任権闘争後、教皇派の大司教ゲープハルト・フォン・ヘルフェンシュタイン1世がドイツの大公に侵攻された際に隠れ家とするために建設しました。

ザルツブルク大司教宮殿(レジデンツ)

オーストリアのザルツブルクの街は、中心を流れるザルツァハ川によって旧市街と新市街に分けられ、ザルツブルク大司教宮殿(レジデンツ)は、旧市街の中心にあります。ザルツブルク大司教宮殿は、12世紀以来、歴代の大司教が暮らした邸宅でした。

 ゲトライデガッセ(ゲトライデ通り)

【世界遺産】ザルツブルク市街の歴史地区

ザルツァハ川に沿うようにあるゲイライデガッセは、ザルツブルク市街の旧市街にあります。ガッセは、ドイツ語で「小さな通り」を意味し、その名の通り道幅は狭いですが、旧市街のメインストリートです。

 モーツァルトの生家

ゲトライデガッセ9番地にある黄色い建物が、モーツァルトの生家です。 1756年1月27日に生を受けたモーツァルトは、大司教に仕える音楽家の父と、母方の祖父も合唱指揮者という音楽家の家系に生まれました。

 ミラベル宮殿

【世界遺産】ザルツブルク市街の歴史地区

ミラベル宮殿は、17世紀初めに大司教ヴォルフ・デートリッヒ・フォン・ライテナウが愛人サロメ・アルトのために建てた宮殿。宮殿付属の庭園は、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のドレミの歌のシーンで使われた事でも有名です。

 ノンベルク修道院

ノンベルク修道院は、ザルツブルク市街の旧市街にある修道院で、白い壁とレンガ色の丸い屋根が目印の建物。ザルツブルクのシンボルとなっているホーエンザルツブルク城近くにあります。  714年に創建されたノンベルク修道院は、ベネディクト派の修道院で、ドイツ語圏で最も古い女子修道院です。

 聖ペーター教会

【世界遺産】ザルツブルク市街の歴史地区

696年に創建された聖ペーター教会は、ドイツ語圏最古の男子修道院で、ノンベルク修道院を創設した聖ルパートによって創設されました。教会附属の聖堂は、13世紀にロマネスク様式で建設されましたが、その後、17~18世紀にかけてバロック様式のものに改築されました。

 三位一体聖堂

ザルツブツク市街の旧市街から新市街へ向かう、ザルツァハ川に架かるシュターツ橋を渡ると、やがて眼の前に青い屋根を持つ建物が見えてきます。それが、三位一体聖堂です。

この世界遺産のデータ・地図(場所)

名称ザルツブルク市街の歴史地区
オーストリア
登録区分 世界文化遺産
登録年

1996年

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