琉球王国のグスク及び関連遺産群



沖縄にある琉球王国のグスク及び関連遺産群は、日本で11個目の世界遺産として2000年に認定されました。今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽の9つが該当します。
今帰仁城跡という今帰仁城の別名は北山城と言います。琉球王国が成立する前からあった北山王のお城でした。
『グスク』というのは城を意味しています。パソコンやスマホなどで、グスクと入力してみるとわかります。

首里城跡 -グスクの中のグスク-

世界遺産に登録されたグスクの中でもひときわ目立っているのが首里城跡です。尚巴志が琉球を統一した頃には、すでに歴史の表舞台に登場していました。その後、450年近くの王国の政治、外交、文化の中心地に。
首里城正殿は、沖縄最大の木造建築物ということだけではなく、日本と中国の建築様式を見事に取り入れた当時の人々の知恵と、沖縄文化の独自性をもっともよく表わしています。

勝連城跡

うるま市にある勝連城跡は標高約60~98mの丘陵にあり、面積は約11,897㎡で、東西に細長いグスクです。13世紀前後より城塞として使われていたとみられ、按司阿麻和利(あまわり)の居城でした。

中城城跡

中城城跡(なかぐすくじょうあと)は、沖縄県中頭郡(なかがみぐん)中城村と北中城村にかけて残っている城跡。標高150~170mの丘陵にあり、南東には15m以上の切り立った断崖、北西には急勾配の斜面があるため、守りやすく攻めにくい城であったといえます。

 今帰仁城跡

今帰仁城(なきじんぐすく)は沖縄県北部の国頭郡(くにがみぐん)今帰仁村にあり、別名を「北山城(ほくざんぐすく)」といいます。今帰仁城は標高約100mに位置し、石垣の長さは約1500mあります。石垣は、最も古い石積みの方法である野面積みです。

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 座喜味城

座喜味城(ざきみぐすく)は沖縄県中頭郡読谷村(なかがみぐんよみたんそん)にあり、標高120mの丘陵に建っています。座喜味城は、按司護佐丸(ごさまる)によって、1416年から1422年の間に築城されたといわれています。

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園比屋武御嶽石門

photo credit: DSC02022 via photopin (license)

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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は沖縄県那覇市・首里城公園の敷地内にあります。1519年に尚真王の命により、西塘(にしとう)という竹富島の人によって建築されました。琉球石灰岩でできています。沖縄戦で荒廃してしまいましたが、1957年に復元され、解体修理を経て1986年に現在の形になりました。

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玉陵

玉陵(たまうどぅん)は沖縄県那覇市にあり、琉球王国の第二尚氏の王統の国王や王妃、王族が葬られています。第三代国王の尚真王が、父・尚円王を改葬するために造りました。

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 斎場御嶽

photo credit: Seifa Utaki via photopin (license)

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沖縄県南城市にある斎場御嶽(せーふぁうたき)は、琉球開闢神話の神アマミキヨによって造られたとされています。「斎場(せーふぁ)」とは「最高位」という意味で、琉球王国時代には最高の聖地とされていました。御嶽とは、琉球の信仰における中心であり、祭祀や拝礼を行う場所です。

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 識名園

photo credit: IMGP0872 via photopin (license)

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那覇市にある識名園は、1799年に完成した琉球王家の別荘で、南苑とも呼ばれます。王族の保養地や、中国からの使者(冊封使)を迎える場として利用されました。第2次世界大戦中に建物が破壊されてしまいましたが、1975年から1995年にかけての修復工事によって復元されました。

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