| 名称 | ローマ帝国の国境線 |
|---|---|
| 国 |
イギリス ドイツ |
| 登録区分 | 世界文化遺産 |
| 登録年 |
「ローマ帝国の国境線」は、2世紀の最盛期におけるローマ帝国の外枠を示す広大な防衛施設群です。イギリスの北端からヨーロッパ、黒海、さらには北アフリカのサハラ砂漠の縁まで、総延長5,000km以上にわたって巡らされていた巨大な境界線の一部が世界遺産に指定されています。
この遺産は、当時の最先端の土木技術や軍事戦略、そしてローマ帝国の勢力範囲を象徴する建造物として高く評価されています。単なる壁だけでなく、兵士が暮らした要塞や見張り台、物資を運ぶ道路、そして周囲に形成された町など、軍隊と市民が一体となって機能を果たしていた様子をいまに伝えています。
ローマ帝国の国境線
主に以下の3つの構成要素から成り立っています。
ハドリアヌスの長城

皇帝ハドリアヌスの命で造られたのが、ハドリアヌスの長城。イングランドとスコットランドの国境線近くにあります。ローマ帝国に従わない北方民族を防ぐために造られ、完成当時は118kmある土塁でした。石垣で補強されたのはその後のようです。軍事上の防衛線として建設されたため、現在でも大きな影響があります。
アントニヌスの長城

140年代に皇帝アントニヌス・ピウスによって築かれた約60kmの防衛線です。こちらは石ではなく主に盛り土(土塁)で作られており、わずか1世代(約20年)ほどしか使われなかったため、当時の設計思想をそのまま残した貴重なタイムカプセルとなっています。
シュトゥットガルト周辺などのドイツ側国境線(シュテルテ・リーメンス)

ドイツのライン川からドナウ川まであるのがリーメス(リメス)。ラテン語で境界を意味し、主に長城、物見櫓、城砦の遺跡があります。ライン川やマイン川流域の肥えた土地と通商路を、ゲルマン民族から守るために建設されました。長城の総延長は約550kmですが、残っているのは全体の約27%ほどです。
こうしたローマ帝国の圧倒的な防衛システムは、ヨーロッパ各地の歴史的景観にも影響を与えました。たとえば、かつてローマ帝国の首都として繁栄の頂点を極めたイタリアのローマ歴史地区や、同じく境界線を守る軍事拠点から発展したフランスのリヨン歴史地区などと合わせて見ると、中心地の華やかな都市文化と、それを外側で支えた過酷な最前線とのつながりが浮かび上がってきます。
巨大な建造物を力で築くだけでなく、道路網と要塞を組み合わせて遠く離れた本国と前線を結びつけたローマ人の合理的な思考は、現代の都市計画や国境管理の原点ともいえる教養深い教訓をいまも届けています。
ローマ帝国の国境線
ローマ帝国の国境線は以下の4件が世界遺産に登録されています。
- ローマ帝国の国境線(イギリス・ドイツ)
- ローマ帝国の国境線:ドナウ川のリーメス(西部分)(オーストリア・スロバキア・ドイツ)
- ローマ帝国の国境線:低地ゲルマニアのリーメス(ドイツ・オランダ)
- ローマ帝国の国境線:ダキア(ルーマニア)