マチュ・ピチュの歴史保護区



空中都市「マチュピチュ」

ペルーにあるマチュ・ピチュの歴史保護区はマチュ・ピチュ遺跡と、その周辺から成り立っている世界遺産です。標高2,280mの頂上にあって山裾からその姿が見えないので、「空中都市」とも呼ばれています。

マチュピチュの発見

マチュ・ピチュの歴史保護区1911年、ペルーのアンデス山中をアメリカ人大学講師ハイラム・ビンガムの一行が歩いていました。断崖絶壁の急斜面・人一人歩くのが精一杯の獣道・危険な吊り橋などなどを乗り越えて、彼らは先住民がマチュ・ピチュ(年老いた峰)と呼ぶ尾根を目指しました。インカ帝国の末裔が築いた『黄金郷ビルカバンバ』があるに違いないとふんでいたのです。

ビルカバンバは、1533年にスペイン人によってインカ帝国が滅ぼされた後、インカの皇族がスペインへの反乱の拠点として築いた都市。しかし40年後、反乱軍は捕えられ、都は放棄されました。スペイン人たちは、インカの財宝を求めて幻の都のありかを探索しましたが、見つけることはできませんでした。

やがてこの都の存在は伝説になり、19世紀以降、多くの学者や冒険者が探し歩きましたが、アンデスの厳しい自然に阻まれ、ことごとく失敗。ビンガムも伝説に挑む一人でした。彼が到着した標高2400mの峰の頂に木や苔に覆われた都市遺跡が忽然と姿を現したのです。

面積5km2程の都市の北側には、標高2720mのワイナ・ピチュ(若い峰)がそびえ、東西は断崖絶壁。600m下にはU字型にウルバン川が流れます。空中に浮かぶこの都市を見たビンガムは、これこそが探し求めていたインカ帝国幻の都ビルカバンバだと考えました。

しかし、盗掘された後だったのか、黄金を見つけることはできませんでした。後にここはビルカバンバではなく、15世紀半ばに造られ、100年程で放棄された古代都市だと判明しました。こうして発見されたマチュ・ピチュはインカ帝国の都市構造を残す貴重な遺跡として世界遺産に登録されました。

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マチュピチュとは?

マチュピチュ2インカ帝国の都クスコ北西約114km、隔絶された山中に、なぜマチュ・ピチュが築かれたのかは未だに謎に包まれています。

  • 発掘された遺骨173体のうち150体が女性のものであったことから、「アクリャ(太陽の処女)」という宗教活動に従事した女性が引退後余暇を過ごした場所という説
  • その後、男性の遺骨も次々に発掘されたために、それを否定する説
  • 儀礼や薬に用いるコカの栽培所という説
  • 皇帝の別荘だった説

などなお、様々な説がありますが、謎の多い中で唯一確かなのは、インカ帝国の他の都市と同様、マチュ・ピチュもまた機能的な都市であったということです。

街は日当たりの良い南東部が農地、北西部が市街地区となっていました。畑には他地域から肥沃な土砂が、海岸部からは海鳥の糞で作られた肥料が大量に運びこまれ、ジャガイモやトウモロコシ・コカなどが栽培されました。インカの人々は車輪や歯車を知らず、牛馬のような大型家畜も持たなかったため、大量の土砂や肥料はリャマというラクダ科の小型家畜に背負わせて運んでいたと考えられています。

灌漑施設も充実し、水道橋や水路を通じて遠方の山から引かれた水は畑や市街地へ給水され、16ヶ所の水汲み場も設置されました。市街地には大広場を中心に、神殿群、皇族用の建築群、住居があり、狭い石畳の路や階段でつながっています。

太陽を崇めたインカの人びとは、太陽の動きで暦を把握していたと言われています。大広場の南にある「大塔(太陽の神殿)」は、冬至の儀式が行われていた場所と考えられています。塔内の聖なる一枚岩に刻まれた帯状の窪みと、窓から差し込む光が、年に一度冬至の日の朝に重なるのです。彼らはそれを見て、暦を知り、一年の農事や儀式の日程を決めていたとも言われています。

マチュ・ピチュ遺跡はインカ帝国時代の遺跡の中では保存状態が極めて良く、ネコ科のオセロットやインカの人々に「太陽の使者」として崇拝されていたコンドルをはじめ、周辺の自然環境には絶滅危惧種・危急種なども生息しています。

マチュ・ピチュは宮崎駿監督の名作アニメ「天空の城ラピュタ」のモデルとしても知られています。

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 マチュピチュの大塔(太陽の神殿)

photo credit: Peru-174 via photopin (license)

photo credit: Peru-174 via photopin (license)

塔(太陽の神殿)は、曲線を石組みで表す高い技術を用いて造られています。直線的な石組みの建物が多い中で、非常に特徴があります。窓が二つあり、東の窓は冬至の朝、南の窓は夏至の朝に太陽が正確に差し込むといわれています。そのため、暦に関する建築物だったのではないかとも考えられています。

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 マチュピチュの主神殿

photo credit: Machu Pichu via photopin (license)

photo credit: Machu Pichu via photopin (license)

主神殿はマチュ・ピチュの中でもいちばん重要な神殿と言われており、3つの窓の神殿と広場に面しています。壁には17個のニッチ(飾り棚のような意匠)が設けられており、ミイラが置かれたとも言われていますが真相は不明です。

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3つの窓の神殿

3つの窓の神殿|マチュ・ピチュの歴史保護区

3つの窓の神殿は、神聖な広場に面し、主神殿の隣にあります。名前の由来は、文字通り3つの窓があったためです。三方を囲む壁のうち東側の壁に、台形の窓が3つあります。両端には閉じられた窓が2つあります。

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コンドルの神殿

コンドルの神殿は、自然の石の上に人工の石組みを積み上げたもので、翼を広げたコンドルのように見えることからそう呼ばれています。手前には、コンドルの頭部とくちばしをかたどった大きな平石があります。

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 インティワタナ

「太陽をつなぎとめる場所」という意味のインティワタナはマチュ・ピチュの都市遺跡の中で最も高い位置に置かれた花崗岩で、その高さは1.8mあります。上に35㎝ほど突き出ている石柱の四つの角は、東西南北にすべて対応しており、対角線上を冬至の太陽が通過するそうです。

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