ロルシュの大修道院とアルテンミュンスター



ドイツ・ヘッセ州の小さな町ロルシュにある大規模の修道院跡。764年頃、フランク王国の貴族でこの地の領主カンコルとその母ヴィリスヴィンダによって建設されたといわれています。

カロリング朝時代の建物が残っていることは非常に珍しく、1991年にユネスコ世界遺産に登録されました(ロルシュの大修道院とアルテンミュンスター)。

南部の小さな町にある、大規模修道院跡

修道院跡は現在、「王の門」と教会の一部を残すのみとなっていますが、前ロマネスク調の建物群の中で最も重要な役割を果たしています。

ロルシュ修道院の成り立ち

最初の修道院は、領主の私的なものとして建てられました。これをカンコルの甥の大司教のグロデガング(初代修道院長)に託したのがはじまりです。765年に教皇パウロ1世から殉教者ナザリウスの遺骨を譲り受け、バシリカ式聖堂に祀りました。信心深かったカンコルたちは、寄付により修道院を豊かにしました。

カンコルは766年にメス大司教としての職務を理由に、ロルシュ修道院の管理を離れ、14人のベネディクト会修道士たちと共に弟のグンデランドに譲りました。

774年にはカール大帝の隣席のもと、ベネクト会修道院として聖堂の献堂式が行われ、マインツ大司教によって、聖ペテロ、聖パウロ、聖ナザリウスの三者に献堂されました。

9世紀中ごろに、ロルシュ修道院の付属図書館と写字室は、ドイツの文化的中心地の一つとされました。600冊の写経を有し、キリスト教神学と西洋古典などフランク王国最大の蔵書数を誇ったようです。ローマ教皇や皇帝たちはこの修道院に特権や、アルプスから北海にかけての領地をいくつも与えました。金銭的に裕福になっただけでなく政治的な影響力を持つようになり、カロリング朝の2人の王ルートヴィヒ2世とルートヴィヒ3世が葬られたこともあり、修道院の地位は強力なものとなりました。

1232年のころには、フレデリック2世によりマインツ大司教ジークフリート3世のものとなり、文化的・政治的影響力も衰退していきます。1248年には教皇ケレスティヌス4世の許可を得たプレモントレ派会士たちが修道院を管理し、1556年まで続きました。残っていた修道士たちは年金を与えられ追い出されています。

最後は三十年戦争中にはロルシュとその周辺は甚大な被害を受け、1621年には火を放たれ建物が引き倒されました。たくさんの蔵書はバチカンへ持ち去られ宝物類も散逸し、忘れ去られ現在の姿となっています。

発掘によって現れた修道院

1984~1985年の発掘調査により、最初に建てられた修道院が発見されています。

内庭に配した居住区を取り囲むように聖堂や各施設が造られていました。聖堂は家庭の南側にあり、長さ約23mの単身廊に内陣が突き出す形でした。500m西側にある修道院は、聖堂の数年後に建てられています。東西に約200m、南北に約300mの城壁に囲まれています。この広い敷地内には、図書館をはじめ、会室、住居、食堂など生活に必要な施設も完備されていました。

聖堂自体は翼廊のない三廊式で、意外と単純な造りです。修道院の中で最も重要な「聖ナザリウス」の遺骨は、豪華な装飾の聖遺物の箱に納められたといわれています。「彩りの聖堂」と呼ばれる地下祭室は、王家の墓所だったといわれています。

カロリング・ルネサンスの宝石と称される優美な王の門

美術史的にも文化史的にも重要視される、小さな楼門の「王の門」。独立した門はエリアの中でも独特な雰囲気を感じられます。8世紀末~9世紀初頭に皇帝ルドヴィーコ3世が建造したといわれる王の門は、保存状態もよくカロリング朝の建造物として貴重な存在です。

楼門は直方体の上に切妻屋根をのせたシンプルなものです。立体的な部分は二層に分かれています。下部は同じ大きさの3連アーチの出入り口があります。その間に建つ半円柱をアクセントにした、デザイナブルな建て門です。半円柱の柱頭部には彫刻、上層と下層が区切られた部分には細井水兵部にある連珠とパルメッセのレリーフが施され、ローマ時代を感じられます。

上下層の全壁面は、赤紫色と白色の石のプレートで装飾されています。プレートの形も一つではなく、並べ方も市松模様や亀甲模様などバラエティーに富んでいます。ちょっとアーティスチックな趣と繊細さ、大胆さを併せ持っていますが、バランスがよくとっても素敵な門です。

この楼門が建てられた理由についても諸説があり、その一つにはカール大帝の戦勝を讃える凱旋門だったという説が有力視されています。門の造りからただの凱旋門というものではなく、公の行事の広間として、内部のフレスコ画が図書館のものと似ているため、修道院の図書館だったという説も残されています。

特殊な雰囲気を持つ楼門は、謎に包まれた門として、とても魅力的です。

ロルシュの大修道院とアルテンミュンスターのまとめ

アルテンミュンスター(古い修道院付属の大聖堂)では、古代の門なのに斬新なデザインの楼門の他に12世紀に再建された中央身廊の一部と発掘された聖枢なども見られます。楼門からは古代ローマの凱旋門の様式と、チュートン人の様式が混在した稀少価値の高いものです。

閑散とした中、王の門が目立ちますが、遺産名にもなっている、アルテンミュンスター(旧司教座聖堂)へ向かう道の途中に、ニワトリが放し飼いになっているなど、世界遺産としては手軽に見ることができるものといえるでしょう。

是非、訪れてみてください。

 

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