田島弥平旧宅



田島弥平旧宅は、群馬県伊勢崎市にあります。「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する資産の1つとして、世界遺産に登録されました。

田島弥平と清涼育

田島弥平(1822年-1898年)は、江戸末期から明治初期の人で、養蚕業者、蚕種製造・販売業者です。蚕の養育法「清涼育」を確立しました。

製糸業が発展の一途をたどっていた当時の日本ですが、製糸の原料として欠かせない繭を得るために、蚕の育成法の確立が必要だったのです。

蚕の養育法「清涼育」

清涼育とは、人工的に温度を調節したりせず、自然のままの温度で蚕を育てる方法です。弥平は、一時は火気によって室内を暖める温暖育を試みたりもしましたが、やはり清涼育へと立ち戻り、研究を重ねます。その結果、換気のための「ヤグラ」という窓を屋根につけるということに思い至り、自身の住宅でそれを実践しました。1864年(文久4年)に蚕種の輸出が解禁されたため、蚕種製造業者が飛躍的に増加。そして彼らはこぞって弥平のやり方を取り入れたのです。清涼育が確立された瞬間でもありました。

近代の養蚕農家建築の原点

弥平は自身の住宅を改築し、清涼育の実践を行いました。これが後の田島弥平旧宅です。母家は1863年(文久3年)に上棟しました。間口は約25m、奥行きは約9m。総瓦葺き総2階建で、総ヤグラが風通し口として設置されています。1階は住居で、2階が蚕室でした。これは、近代の養蚕農家建築の原点であるともいえます。

ここには弥平の子孫が現在も居住しており、庭先のみの見学が可能です。

日本の世界遺産 富岡製糸場と絹産業遺産群

 

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