憶測飛び交う謎多き世界遺産5選

古都京都の文化財

清水寺

日本を代表とするあまりにも有名な世界遺産の一つである清水寺ですが、その建造目的には多くの謎が残っています。その一つが清水寺の代名詞として知られている清水の大舞台です。ケヤキの大木を使用し鉄釘は一切使用されず、地獄組みという特殊な工法が用いられています。しかしどういった理由からこの舞台が建造されるに至ったか諸説あるものの詳しくは分かっていないそうです。

この清水の山の中腹には御本尊が祀られておりその参拝者のための待合場所としての場所であったという説や当時の清水周辺は京都の三大墓地の一つになっていたためこの舞台から遺体を投棄してその遺体の腐臭を避けるために高い位置に舞台を設ける必要があったなど様々です。

建造に様々な憶測が飛び交うもののその建造にあたって当時の人々の熱意の大きさを垣間見れることに変わりはありません。清水に行った際にはこれらの背景に想像を膨らませてみるのも面白いかもしれません。

清水寺

古都京都の文化財

ラパ・ヌイ国立公園

ラパ・ヌイ国立公園・イースター島 (4)

チリから西に3700㎞行った海上にあるイースタ島には1000体近くものモアイ像が点在しています。モアイ像についてはその存在理由から建造工程に至るまで多くが謎に包まれていて多くの学者がその理由を探っています。

ラパ・ヌイ国立公園・イースター島 (3)この島で生活していたであろう部族に関しても謎が多く、島から発見されたコハウ・ロンゴ・ロンゴと呼ばれる絵文字についても解読不明のままです。過去の歴史においてこの島は天然痘などの伝染病や幾たびの侵略に遭い謎を解くための多くの証拠もそれに伴い紛失しました。このことが多くの学者を悩ませている要因の一つでもあります。

photo credit: IMG_4331 via photopin (license)

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ラパ・ヌイ国立公園・イースター島 (1)私たちが知っているモアイ像に関してもその形態は様々で胸像のみのものから下半身まできちんと作られているもの、帽子や目まできちんと作られているものなど多種多様で、中には模様や絵文字らしきものが彫られているものがありますがその意味は不明のままです。今日において制作過程を実際に行ってみるなどして活発な真相解明が図られています。

ラパ・ヌイ国立公園

ブルー・ナ・ボーニャ – ボイン渓谷の遺跡群

photo credit: P1090109 via photopin (license)

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5000年前の貴重な歴史を伝える貴重な遺跡で、その中でも特に有名なニュークレイジは多くの謎に満ちています。先ず第一にこの遺跡が建造された理由です。当初では内部から人骨が発見されたことからお墓の役目、つまり古墳ではないかとも言われていました。しかし一方では様々な伝説にもこの場所は登場しており神官が住んでいた住居という説や神を祀るための祠という説もあります。

ブルー・ナ・ボーニャ – ボイン渓谷の遺跡群 (1)その他にも周辺に点在する遺跡も含め入口の通路には生命の象徴である渦巻文様が中心の彫刻が施されている点です。単なる装飾的役割ではなく、一種の呪術的な要素があるのではないかとも言われており学者の間では議論が続いています。

ブルー・ナ・ボーニャ – ボイン渓谷の遺跡群 (3)現在でもアイルランド人の間ではこの場所は神聖な場所として多くの人に信仰されています。長き歴史のなかで人と自然に対する生命の神秘を感じることのできる貴重な遺跡の一つではないでしょうか。

ブルー・ナ・ボーニャ – ボイン渓谷の遺跡群

デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群

チャンドラヴァルマンの柱

インドの世界遺産「デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群」の中には有名な鉄の柱(チャンドラヴァルマンの柱)があります。その柱が作られたのは1500年も前のことでありそれでも錆びない鉄柱はオーパーツ(場違いな工芸品)と呼ばれていましたが調査が進むにつれて徐々にその正体が分かってきました。

photo credit: DSC_0244 via photopin (license)

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この鉄柱を構成する鉄の純度は99.72%でかなり高純度です。それだけ高純度であれば鉄の場合長くても50年で錆びて朽ちてしまいます。しかし鉄柱の精錬の際に極微量のリンが含まれることによってその腐食が食い止められたというのが今日において最も有力な説になっていて、それは過去の歴史においてインドの鉄精錬の際の工程で分かったことです。

鉄柱が錆びない理由は分かりつつありますがそもそも何故この鉄柱が作られたのかや、役割については不明であり学者の間で多くの議論が交わされています。

デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群

クスコ市街

photo credit: via photopin (license)

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かつてインカ帝国の中心的都市の一つとして栄えた歴史の残るクスコの市街はその建造物に対して様々な憶測が飛び交っています。その一つがクスコ市街を始め、その周辺遺跡にも用いられている建築物を支える石の土台についてです。これらはクスコの精巧石積と呼ばれていてそれら石同士の隙間は剃刀一枚通さないと言われるほど精密かつ頑丈に組み立てられています。

クスコ市街 (3)現在のクスコの街並みを形成している建物は主に14世紀にこの地を征服したスペイン人によるものです。スペイン人はこの地にあったインカ文明の痕跡を徹底的に破壊して新たな都市を築こうとしましたが、これらの土台だけは破壊しようにも頑丈すぎて壊せず、仕方なくその上に新たな都市を築いたという逸話さえ残っているほどです。またこの地域はその地質学的観点から多くの地震に見舞われることが多い中でこの土台が崩れることは無かったとも言われておりその技術の高さが伺えます。

クスコ市街 (1)実はこれらの土台を現代の技術で再現しようにも困難を極めており、どの様な工法・道具を用いて建造されたのか詳しくは分かっていないそうです。今日において多くの学者の興味を惹く魅力溢れる遺跡の一つです。

クスコ市街

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