関吉の疎水溝

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つ、関吉(せきよし)の疎水溝は、鹿児島県鹿児島市にあります。

関吉の疎水溝とは?

薩摩藩主である島津斉彬は、アヘン戦争後、欧米列強の脅威に備え、反射炉・高炉による製鉄大砲鋳造や製鉄・紡績、ガラス製造など、富国強兵・殖産興業政策として集成館事業を実施しました。その集成館事業において高炉や鑚開台(砲身に穴をあける装置)、工場などの動力源として使われた水車に水を供給するためにつくられたのが関吉(せきよし)の疎水溝でした。

関吉の疎水溝は、鹿児島市を流れる稲荷川の上流から仙巌園(桜島と錦江湾を借景とする庭園)まで、全長約8kmに渡って掘られ、疎水溝を使って集成館まで水を引き込み、引き込んだ水を利用し、集成館内の工場で使う動力源に変えていました。現在でも、疎水溝の一部は農業用として利用されています。

「関吉の疎水溝」のデータ

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国名 日本
世界遺産名明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業
名称 関吉の疎水溝
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