ポン・デザール(芸術橋)



 

ポン・デ・ザール(芸術橋)は1804年にセーヌ川に架けられた、右岸のルーヴル宮と左岸のフランス学士院を結ぶパリ初の鉄製の橋。

ポン・デ・ザール(芸術橋)の成り立ち

ナポレオン・ボナパルトの命令により1802年から1804年にかけて造られた9連のアーチの歩行者専用の橋です。

ルイ・アレクサンドル・セザールが設計を担当し、周囲の景観にふさわしい橋とされました。ルーヴルが芸術の宮殿(パレ・デ・ザール)と呼ばれていたことでポン・デ・ザールとの名前が付いたといわれています。

ポン・デ・ザール(芸術橋)の閉鎖と開通

photo credit: P5171892 via photopin (license)

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1918年と1944年の2回の爆撃と、1961年と1970年に起こった船の衝突が原因で倒壊の危険があると1977年に閉鎖されました。その後1982年から1984年にかけて新しくかけられた橋が現在の橋です。

隣のポン・ヌフ橋に合わせてアーチが9から7に減らされましたが、旧ポン・デ・ザールに似た形で作られています。1984年6月27日に開通しました。

ポン・デ・ザール(芸術橋)と南京錠

ポン・デ・ザール(芸術橋)|パリのセーヌ河岸 (1)

最近では恋愛成就の願掛けで、欄干に南京錠をつける人が多く世界遺産としての景観を損ねるとの声や、2014年6月に南京錠の重みで橋のフェンスが2.4mも剥がれ、危険との声も上がりました。この頃の南京錠の重さは50トンを超えるともいわれました。

2015年6月1日より南京錠付きの金網を撤去、グラフィックアートが描かれた新しくアクリル板が設置され、2015年秋にはガラス版が取り付けられる計画があります。この橋は別名芸術橋と呼ばれているので、今以上アート感あふれる橋になりそうですね。

景観のよさも有名で、橋からシテ島とノートルダム大聖堂が望め、絶好の撮影スポットとなっています。また夏の風物詩で橋の上がパーティー会場になり、学生や会社帰りの人々が集って橋の上に座り、ワインを飲みながらパリの長い夜を楽しんでいます。

画家や音楽家が集い、人々がゆっくりと自由な時間を過ごすパリジャン憩いの橋です。

フランスの世界遺産 パリのセーヌ河岸

 

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