マリインスキー劇場



ロシアの「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」に含まれているマリインスキー劇場は、オペラとバレエ専用の劇場です。マリインスキー劇場の起源は、1783年に女帝エカテリーナ2世の勅令により、オペラとバレエの専用劇場として開設された帝室劇場です。石造りであったため、「石の大劇場」(ボリショイ・カーメンヌイ劇場)の名で親しまれました。

1859年、アルベルト・カヴォスの設計により、ネオ・ビザンチン様式の現在の劇場が竣工しました。翌1860年、皇帝アレクサンドル2世の皇后マリア・アレクサンドロヴナの名に因み、「マリアの」という意味の「マリインスキー帝室劇場」と名付けられました。1886年、併存していたカーメンヌイ劇場の閉鎖により、オペラとバレエは全面的にマリインスキー劇場に移管され、黄金時代を迎えます。

三大バレエといわれるピョートル・チャイコフスキーの名作、『眠れる森の美女』(1890)、『くるみ割り人形』(1892)は、ここで初演されました。さらに『白鳥の湖』は、1877年に初演された後、意外にも評価を得られず、しばらくお蔵入りしていました。しかし、マリウス・プティパとその弟子イワノフの振り付けにより、1895年にここで蘇演されました。

オペラでは、ミハイル・グリンカの『ルスランとリュドミラ』(1842)、モデスト・ムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』(1874)などがここで初演されています。

ロシア帝国、ソビエト連邦、ロシアと、国と都市の名前が変ったことから、劇場の名前も変遷しています。ソビエト連邦時代には、レニングラード劇場(1924-35)と呼ばれ、その後、スターリン時代の1935年に、前年に暗殺された共産党の指導者セルゲイ・キーロフを悼んで、キーロフ劇場と改名されました。1991年のソビエト連邦解体後、1992年からマリインスキー劇場の名前に戻っています。

マリインスキー・バレエ、マリインスキー・オペラ、マリインスキー劇場管弦楽団が、ここを活動の本拠地としています。

ロシアの世界遺産 サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群

 

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