マリインスキー宮殿



ロシアの世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」に含まれているマリインスキー宮殿は、イサーク広場をはさんで聖イサアク大聖堂の南、モイカ川の対岸にあります。

この宮殿は、ニコライ1世の第一皇女マリア・ニコラエヴナの結婚に際し、その贈り物として建造されたものです。

マリインスキー宮殿の歴史

1839年から1844年にかけて、宮廷建築家のアンドレイ・シュタッケンシュナイダーの設計により、造営されました。ロシアにおける新古典様式の最後の宮殿とされています。

1884年、ロシア帝国政府により管理される国家資産となり、国家評議会の議事堂や大臣会議が置かれました。1902年には、内務大臣ドミトリー・シピャーギンがここで暗殺されています。大ホールは1906年にレオン・ベノアによって設計されました。

1917年ロシア革命(二月革命)が勃発し、臨時政府がマリインスキー宮殿を国会議事堂にしました。十月革命でボリシェヴィキが政権を掌握後は、ソビエトの行政機関や科学アカデミーの研究機関などが置かれました。

第二次世界大戦において、独ソ戦の開始後、レニングラード(サンクトペテルブルクのソ連時代の呼称)はドイツ軍に包囲されます。1941年9月8日から1944年1月18日までの900日近い包囲戦の中で、宮殿は病院となり、ドイツ軍の集中砲火を浴びました。戦後復旧された宮殿にはレニングラード州ソビエトが置かれました。

1991年からサンクトペテルブルク市議会が置かれています。

ロシアの世界遺産 サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群

 

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