三菱長崎造船所 小菅修船場跡

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産である三菱長崎造船所小菅修船場跡(こすげしゅうせんばあと)は、薩摩藩と日本の近代化に貢献したトーマス・グラバーによって建設された施設です。

三菱長崎造船所小菅修船場の成り立ち

幕末、長崎の外国系商社を通じて洋式船を購入していた諸藩でしたが、購入した船の多くは、故障が絶えなかったといいます。しかし、当時の日本には、それらの船を修理する施設がありませんでした。そのため、修理するための施設を早急に建設する必要があり、そこで建設の地に選ばれたのが貿易港である長崎港でした。1869年建設された船舶修理施設は、その後、明治政府が買収し、1887年には三菱の所有になりました。

三菱長崎造船所小菅修船場は、現存する日本最古の蒸気機関を動力とする曳揚げ装置を装備した洋式スリップドックで、船架(船をのせる台)がソロバン状に見えたため、ソロバンドックと呼ばれていました。また、曳揚げ小屋は、現存する日本最古のレンガ造り建築で貴重なものです。

小菅修船場跡は、船の大型化や他の工場の本格稼働により、1953年に閉鎖されました。今は、日本の造船所発祥の地として多くの観光客が訪れる場所となっています。

「三菱長崎造船所 小菅修船場跡」のデータ

   
国名 日本
世界遺産名明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業
名称 三菱長崎造船所 小菅修船場跡
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