居庸関



北京市から八達嶺長城へ向かう途中に居庸関(きょようかん)はあります。万里の長城上にある関所の中でも、特に重要な役割を担っていたのが居庸関でした。

居庸関とは

居庸関は、北京からモンゴルや西域へ向かう中継地点にあたります。そのため北京の北部の防衛線(万里の長城)の総司令部とも言える関所で、歴史は古く、春秋戦国時代に築かれたのが最初と言われています。当時の百科全書「呂氏春秋」にも「天下九塞、居庸其一(天下九関所の一つ)」で難攻不落の関所として記されています。

居庸関という名前は、奴隷を移住させるという意味の「居庸」からきています。秦の始皇帝が長城を連結する際に、兵士や農民、そして囚人などを雇い入れ、当地に居を構えさせたことが由来とされています。

雲台(過街塔)

居庸関の中心には「雲台」という仏塔の台座があります。「過街塔」とも呼ばれており、建造当時は白いチベット式仏塔が立っていました。雲台の内壁には、持国天、増長天、広目天、多聞天の四天王のレリーフや曼荼羅などが彫られており、その迫力に圧倒されます。

また、陀羅尼経文や造塔功徳記(塔を造営した由来を記録)も刻まれており、サンスクリット文字、漢字、チベット文字、ウイグル文字、バスパ文字、そして西夏文字の計6種類の文字で書かれています。

西夏文字は、19世紀に再発見された文字ですが、長年未解読の文字でした。しかし、この雲台に刻まれた西夏文字を手掛かりに日本の学者、西田龍雄氏が解読し、文字の解明に成功した歴史的にも貴重な資料となっています。

居庸関には、長城だけでなく雲台のように歴史的、美術的にも非常に価値のある場所です。

中国の世界遺産 万里の長城

 

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