二荒山神社



二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)は、栃木県日光市にあります。日光東照宮輪王寺と共に、「日光の社寺」として世界遺産に登録されました。

二荒山神社の歴史

男体山や女峰山を中心とした山岳信仰の中心であり、仏教と神道が融合する神仏習合の地として栄えてきたそうです。

二荒山神社のはじまりは、767年に勝道上人が建てたといわれています。空海や円仁といった高僧も訪れたといわれていますが、これは定かではありません。

江戸時代初期、徳川家康の側近であった天海によって、日光東照宮が建てられると、二荒山神社も多くの人々から崇敬されるようになり、その後は徳川家忠によって、本殿が再建されました。

本社

二荒山神社の本社は、日光の社寺の中でもいちばん奥まった場所にあります。1617年、日光東照宮造営時に移転してきたもので、八棟造り(やつむねづくり)という複雑で豪奢な建築様式と入母屋造りで建てられています。銅灯籠がありますが、これは「化灯籠(ばけどうろう)」とも呼ばれており、火を灯すと怪しげな姿に変わり、武士が切りつけた傷がついているのだそうです。

本社には多くの神社があり、本宮神社、滝尾神社、滝尾高徳水神社、北野神社があります。

中宮祠

男体山中腹の中禅寺湖畔にあります。本社と奥宮の「中間の祠」という意味だそうです。

勝道上人の男体山登頂の後、784年に建立されました。古来より男体山登山の表口であり、現在も登拝口があります。

この他、日光連山には、男体山頂の奥宮、女峰山神社、赤薙山神社、太郎山神社、大・小真名子神社など、それぞれの山の山頂に神社があります。

神橋

photo credit: Most v Nikko via photopin (license)

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日光山内の入口で、大谷川(だいやがわ)にかかる朱塗りの橋が、神橋です。長さは28m、幅は7.4m、水面からの高さは10.6mあります。

奈良時代末期、勝道上人による開山の折、2匹の大蛇が橋となったという言い伝えがありますが、詳細は不明です。江戸時代になると、神事や将軍社参などの時にのみ使用されていたそうです。

はね橋構造とその建築過程の複雑さから、日本三大奇橋のひとつに数えられています。

 

思わず背筋を伸ばさすにはいられないような気高さと神聖さを、誰もが感じる場所だと思います。涼しい空気に包まれて、自然の中の社寺を散策するのは、きっと心地よいと思いますよ。

日本の世界遺産 日光の社寺

 

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