富士山 信仰の対象



日本最高峰の山であり、静岡県と山梨県にまたがっている富士山。

古くから富士信仰の対象である霊峰であり、「冨嶽三十六景」の題材にもなるなど、日本人にとって信仰と芸術の源泉でした。

信仰の対象としての富士山

富士山は、麓から山頂にかけて3つの区分にわけられます。

「草山(くさやま)」という俗界、「木山(きやま)」は俗界から神の世界への過渡部分、すなわち森林の限界まで、「焼山(やきやま)」は山頂までの神仏世界で、死の世界と考えられていました。

富士信仰の歴史

9世紀(平安時代初期)には、富士山の噴火を鎮めるために浅間神社が建てられました。1982年(昭和57年)からは、現在の正式名称「富士山本宮浅間大社」となっています。これが、全国に約1,300社ある浅間神社の総本社です。浅間大神とコノハナサクヤビメを主祭神としており、頂上にあるのは奥宮といいます。

11世紀(平安時代後期)には、修験道の道場となりました。室町時代には村山口(大宮口)や吉田口などの登山道が開通し、より多くの人々が訪れるようになりました。この頃、「御師(おし)」や「坊(ぼう)」などが整備されたといいます。これらは、登拝前の神事を行い、登拝までの準備の世話をするところです。

これに伴って、室町時代末期には「富士講」が長谷川角行によって開かれ、江戸中期に最盛期を迎えます。講とは、同一の信仰を持ったものの集団です。数は少なくなりましたが、今でも独特の装いで富士山を登る人たちが見られます。

仏教と神道の混合となる神仏習合は、富士信仰の中にも起こりました。仏教においても、富士山の頂上は仏の世界であると考えられるようになったそうです。しかし、1868年の神仏分離令によって、仏像の取り壊しが進み、仏教的な名称は改称されました。

 

富士山に登ることは、現在でも私たち日本人の間では一種のステイタスともいえます。それはきっと、古来からの富士信仰が、無意識のうちに私たちのDNAにまで刷り込まれているからかもしれません。富士山の息吹を、一度は自分の身に感じてみたいものです。

日本の世界遺産 富士山-信仰の対象と芸術の源泉

 

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