ドロットニングホルム宮殿
(ドロットニングホルムの王領地)



ドロットニングホルム宮殿は、スウェーデンの首都ストックホルム郊外のメーラレン湖の小島、ローベン島に佇む、「北欧のヴェルサイユ」呼ばれる美しい宮殿です。

この宮殿は長い間使用されていませんでしたが、1982年より現国王カール16世が居城をストックホルムの旧市街の王宮からこの宮殿に移しました。現在、居城を除く一部が一般公開されています。

18世紀の王族たちの生活風景を今に伝える貴重なスポットで、1991年に「ドロットニングホルムの王領地」として世界遺産に認定されています。

ドロットニングホルム宮殿のあゆみ

1570年ごろに国王ヨハン3世がカタリナ・ヤーゲロニカのために夏の別邸として造ったのがはじまりです。王妃は完成を待たずにこの世を去り、その後1661年に焼失してしまいました。1662年にカール10世のエレノア王妃の命により、建築家ニコデムス・テシーン親子によって再建されています。この親子は、ストックホルムの王宮も建築しています。

1681年に父ニコデムス・テシーンは他界してしまいますが、その後息子により1686年に完成しました。父親の設計のみならず、息子が自分の考えを取り入れ、内部にはバロック様式の装飾も取り入れられています。この時代のもので有名なのがカール11世のギャラリーです。

1744年になるとプロセインのロヴィーサ王妃がアドルフ・フレドリック皇太子と結婚し宮殿を世襲しました。この時にこの宮殿は黄金期を迎え、内装をロココ様式に改装するなど贅を尽くしたものとなっています。

また、世界中の知識を集結させようと試みたロヴィーサ王妃は、専用の図書館や博物館まで作りました。1756年ころには著名な作家の絵画や彫刻で飾られた220部屋と3階建ての基礎が出来上がり現在の姿を誇っています。

1771年に国王となったグスタフ3世もこの宮殿を愛した王族の一人です。彼の死後この宮殿は長い間使われることはありませんでした。

貴族より市民や農民の事を大事にする姿勢を貫いた彼は1792年3月16日にストックホルムのオペラ座で、貴族の手によって銃で暗殺されました。この事件はジュゼッペ・ヴェルディ作曲のオペラ「仮面舞踏会」の題材となりました。

見学可能部屋の中には、豪華絢爛なロココ調の粋を極めた「ロヴィーサ王妃の部屋」や1675~1979年に起こったデンマークとの戦争の場面を描いた12の壁画やギリシア神話の一部を描いた天井画などが装飾された「カール11世の展示室」などが見どころです。バロックからロココ調とその時代の流行が取り入れられた、各部屋の家具や調度品もとても魅力的です。

日本語ガイドブックを購入することができ、ガイドツアーに参加するとより深く学ぶことができます。

ドロットニングホルム宮殿のまとめ

ドロットニングホルムはスウェーデン語で「王妃の小島」という名前を持ち、歴代王妃たちによって増改築されています。緑の屋根とクリーム色の壁が美しい宮殿は、現在も16世紀から18世紀まで続いた王宮の変遷を見ることができます。

気品と美しさを兼ね備えたフランス・バロック様式の宮殿では、スウェーデンの大国時代の繁栄ぶりや歴史、文化、芸術を存分に見ることができます。

スウェーデンの世界遺産 ドロットニングホルムの王領地

 

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