コンコルド広場



 

近代フランス史を象徴するコンコルド広場。周囲に視界を遮る建物のない開放的な眺望が特徴です。チュイルリー公園シャンゼリゼ通りに挟まれて位置するコンコルド広場は「パリのセーヌ河岸」として世界遺産に登録されています。

コンコルド広場について

photo credit: Place de la Concorde via photopin (license)

オベリスク photo credit: Place de la Concorde via photopin (license)

中央にそそり 立つオベリスク(柱塔)や、フランス8都市を表す8体の女神像、高く水を上げる噴水に彩られた八角形の広場は、総面積8万4000m²にもなります。

眺望や規模だけではなく、近代2世紀にわたり、激変する時代の渦に巻き込まれた場所としても有名です。

コンコルド広場の歴史

18世紀半ば、建築家ジャック・ガブリエルによって造られた「ルイ15世広場」 は、フランス革命の勃発で「革命広場」 と改称され、1795年に「コンコルド広場」となりました。調和を意味する「コンコルド」には、平和で平等な社会を望む人々の願いが込められています。

その後、 王政復古で元の名に戻り、「場」を経て再び「コンコルド広場」に落ち着いたのは、1830年の七月革命の時。

以後、中央にはエジプトのルクソール神殿(エジプトの世界遺産「古代都市テーベとその墓地遺跡」)からオベリスクが移築され、両脇にバチカン市国サン・ピエトロ大聖堂 のものを模した噴水などが加えられました。

毎年7月14日の革命記念日には、パレードが行われ、この広場で最高潮に達します。今は祝祭の象徴でもある広場ですが、 フランス革命当時は、悲惨の象徴でした。 広場には断頭台が置かれ、1343名 もの王侯貴族や庶民が命を落とした過去があります。

フランスの世界遺産 パリのセーヌ河岸

 

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