アウグストゥスブルク城



ケルンから南に約13kmの中世の城跡が残るブリュールにある、1723年に選帝候兼ケルン大司教の座に就いた、ヴィッテルスバッハ家のクレメンス・アウグスト・フォン・バイエルンが夏を過ごすために建てた離宮。ロココ調のエレガントな美しいお城として知られています。

ガイドツアーで見学は可能ですが、館内撮影禁止のスポットです。

アウグストゥスブルク城はバロック様式の庭園(シュロス庭園)別邸ファルケンルストと共に、1984年にユネスコ世界文化遺産に登録されています(ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト)。

ドイツ・ロココ様式傑作のお城

アウグストゥスブルク城|ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト (2)アウグスト大司教の命により、1725年から建築家ヨハン・コンラート・シュラウンの指導のもと建設がはじまりました。中世の城の遺構を基礎にした古風で慎ましやかなものでした。1727年に兄の選帝候カール・アルブレヒトが「もっと新しく、身分相応なものを」と助言し、この工事は終了となりました。

ここから、このお城の運命が変わります。お城の大改築と庭園の造成をアウグスト大司教が命令しました。改築を手掛けたのはミュンヘンの建築家フランソワ・ド・キュヴィイエ。彼は、兄のアルブレヒト候に認められフランスへ留学経験のある人物です。フランス留学時代はロココ様式を生み出した建築家のド・コットに従事し、ドイツに帰った後はドイツ・ロココ調を作りだし広めています。

彼は館を取り囲む堀を埋め、北の櫓を取り壊すなど工事は大掛かりなものでした。コの字形に翼棟を持つ宮殿を中心に、温室や作業用の建物などを建て、膨大な費用をかけて造りました。

アウグストゥスブルク城の内部

外観はかなりシンプルなものですが、一歩入口を入るとすぐに華やかな大階段があり、手摺りには金色の彫刻も施され、吹き抜けの豪華な造りとなっています。何といっても西側の壁の高い窓から差し込む陽の光が照らしだす装飾は見事の一言。白く精密なストゥッコの細工が優美で、天蓋を支える彫像、4本の多彩色の大理石の力強さなど全てに感動を覚えます。この天蓋の支えをできるだけ排除した階段室はバルタザール・ノイマンが手掛けたものです。

更に2階にある「謁見の間」も最大の見どころの一つ。大きなバルコニーと豪華な装飾が施され見る人々を虜にしています。他にもオランダ風のロッテルダムタイルが貼られ青と白の色で統一された涼しげな食堂や音楽ホール、2つの控えの間も華麗でラインラント随一の宮殿と呼ばれる理由を痛切に感じます。

また、施設においても陶器製の暖炉には薪をくべる所が見えず、使用人通路から薪を入れるなどの配慮もされています。

このお城はタカ狩りをはじめ狩猟を好んだ大司教が、森や草原が広がり狩りに適した地として気に入り城を築いたもので、費用は現在で約400万マルクを予定していました。しかし実際にかかった費用は、6000万マルク以上と15倍以上も投資しています。

このお城の建築にあたりアウグスト大司教は一切口を出さず、ヨーロッパ中の芸術家がこぞって腕を振った宮殿として名を残すほどの存在となりました。1994年まで、このお城はレセプションホールとしてドイツの国賓を迎える役割を果たしていました。

アウグストゥスブルク城のまとめ

壮大で美しい建物は40年の月日と膨大な費用を使い建てられました。ドイツで初めてのロココ様式の建物としても有名なものです。比較的観光客が少ない穴場スポットとなっています。日本語オーディオガイドもあるので安心ですよ。ドイツ・ロココ調の壮麗な宮殿にぜひ足を運んでみてください。

また、お城では5~8月にかけて、夜のクラシックのコンサートが行われています。ベートーベンの交響曲1番などの名曲を聴きながら、ゆっくりとした時の流れを感じてみるのも素敵ですね。

ドイツの世界遺産 ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト

 

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