シェーンブルク城



ライン川左岸にあるオーバーヴェーゼルの南に位置する、山上に建つ大きなお城。レ・ミゼラブルの作者ビクトル・ユーゴが「最も美しい廃墟」と絶賛したことでも有名です。現在はホテル&レストランとなっています。お城からはカウプの街、プファルツ城など美しい景色が広がっています。

シェーンブルク城の歩み

10世紀にザクセン家の皇帝によって築かれたといわれるお城です。この頃から「シェーンブルク=美しい城」という名前を持っていました。

シェーンブルク城のはじまり

1166年にシュタウフェン家の皇帝フィードリヒ1世からこの領地を与えられた家臣が、以来シェーンブルグ家を名乗るようになりました。ここは財源が豊富で、ライン川を通る船の関銭、領内で造られたワインの財源、結婚と相続関係で財を成して領地を広げています。この頃はその財源を基にお城を増強し、ライン川でも屈指の大きさを誇る堅固な城へとなりました。

シェーンブルク家の最盛期

シェーンブルク家最盛期の14世紀にトリーア大司教とプファルツ伯との間に争いが起こりました。その時狭間にあったシェーンブルク家は2つに分かれましたが、2家の共有財産とされていたようです。(シェーンブルク城主は全ての息子に相続権を与えていたので、24の異なる家族、250人が相続権を持った時期もありました。)

15世紀以降は戦争や私闘によって城の持ち主が何度も変わっています。

17世紀にはこの地方最大の軍人フリードリヒ・ヘルマン・フォン・シェーンブルクが、この家からでています。1689年にはフランス軍がこの城を落とそうとしましたが、この城が堅固だったので、当時の戦闘技術では城を落すことができず引き上げました。

シェーンブルク城の破壊

1688年にはじまったプファルツ継承戦争において、オーバーヴェーゼルを含めライン地方はその主戦場となり、翌年シェーンブルク城もフランス軍によって撃破されました。1719年、シェーンブルク家の男子直系が絶え、城はトリーア選帝侯の所有になっています。しかし城は修復されず、廃墟のままとなっています。

シェーンブルク城の再建

1885年にドイツ系アメリカ人で、NYの銀行家J.J.オークリーラインランダーが半ば壊れかかっている城を購入し、1901年までに部分的に再建しました。彼が1947年に死亡し1950年にオーバーヴェーゼル市が息子からその城を買い取りました。

ホテルとなった古城

1957年からはヒューットゥル家が城を借り受けホテルとして改装し、現在も営業されています。

お城は古城ホテルの中でも評判の良いホテルです。オーバーヴェーゼルの丘に築かれ、ライン川を航行する船を見張った威厳ある姿は圧巻。城の背後にはぶどう畑、北端に回ればローレライを見下ろす絶好のロケーションが広がっています。

24室ある客室は他の古城ホテルと違い、全てお城の中にあり、家具からあらゆる小物までがアンティーク風で重厚な雰囲気。自分の好きな部屋をHPで予約できるのも嬉しいポイント。特に貴族の優雅さを感じさせるスイートはオススメです。騎士を象った銀製キーホルダーも魅力的。全てにおいて古城ならではの趣があり、絶景に包まれる滞在は忘れられない思い出になること間違いなしです。

また、3月中旬から1月初旬にかけてのみ営業されるレストランも、テラス席からライン川を望みながらおいしいと評判の料理を堪能できます。

まとめ

photo credit: Schönburg via photopin (license)

photo credit: Schönburg via photopin (license)

ライン川遊覧船から見上げても美しくお城からのロケーションも抜群です。麓のオーバーヴェーゼルの町は搭とワインの町として知られており、13世紀に造られた18の塔と中世の城壁もたくさん残っているので訪れる価値ありです。また、この風景は船上からも見ることができます。

ユーゴーも絶賛した美しいお城はライン川の古城の中でも訪れたいお城の一つです。

ドイツの世界遺産 ライン渓谷中流上部

 

この記事をシェアする



 

こちらもどうぞ!

感想・コメント
感想、体験談などございましたらお願いします!
体験談・レビュー・価値ある情報などは記事内に移動することがございます。皆さまの情報をお待ちしております。

メールアドレスが公開されることはありません。

▲一番上へ

世界遺産を名前から探す