サンタ・クローチェ聖堂



イタリアの世界遺産「フィレンツェ歴史地区」に含まれるサンタ・クローチェ聖堂はフランシスコ会の聖堂です。16の礼拝堂があり、その多くはジョットとその弟子たちによって装飾されています。

フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂とは?

サンタ・クローチェ聖堂|フィレンツェ歴史地区 (1)言い伝えによれば、この聖堂はアッシジのフランチェスコ自身によって建てられました。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から南東800mのところにあり、元々は市の城壁の外側にある湿地帯でした。

1294年、町の裕福ないくつかの家が資金を出し、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計で、現在の教会への建て替えが始まりました。建物のデザインはフランシスコ会の質素さを反映しています。平面はエジプト十字、あるいはフランシスコ会のシンボルであるタウ十字の形をしており、八角形の柱列によって長さ115mの身廊、ふたつの側廊に隔てられています。

主回廊にはパッツィ家礼拝堂があります。1442年から1446年にかけて参事会会議場として建てられ、1470年に完成しました。フィリッポ・ブルネレスキが精密なシンプルさを保てるようデザインに留意したものです。ブルネレスキは内側の回廊も手がけ、1453年に完成しています。

サンタ・クローチェ聖堂の再建

1560年に対抗宗教改革の余波を受け、内陣仕切りが取り外され、ジョルジョ・ヴァザーリが屋内を再建築しました。そのため、教会の装飾は損傷し、仕切りのところにあった祭壇画の多くは失われてしまいました。

鐘楼は最初のものが落雷によって傷んだために1842年に再建されました。ゴシック・リヴァイバル建築の大理石のファサードは、1857年から1863年にかけてニッコロ・マタスが制作しました。

付属美術館は昔の食堂があてられ、回廊とは分けられています。回廊にはフローレンス・ナイチンゲールの記念碑が建っています。ナイチンゲールはこの町で生まれ、町の名にちなんで名づけられました。

聖堂には、ジョット、チマーブエをはじめとする数多くの美術品が現存しています。また、ミケランジェロ、ガリレオ、マキャヴェリ、ロッシーニら史上名高い有名人たちが埋葬されており、それらの記念碑も数多くあります。

イタリアの世界遺産 フィレンツェ歴史地区

 

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