| 名称 | アルスランテペの遺丘 |
|---|---|
| 国 |
トルコ |
| 登録区分 | 世界文化遺産 |
| 登録年 |
アルスランテペの遺丘
2021年に開催延期された第44回世界遺産委員会拡大会合において、トルコの「アルスランテペの遺丘」が世界文化遺産として登録されました。
「アルスランテペの遺丘」は、トルコ東部のマラティヤ平原にある、約30メートル(ビルで例えると約10階建てに相当する高さ)の高さをもつ巨大な遺丘です。遺丘とは、長い年月にわたって人々が同じ場所に住み、建物を建てては壊すことを繰り返した結果、生活の跡が何層にも積み重なって丘のようになった遺跡です。
アルスランテペでは、少なくとも紀元前6000年頃から中世まで人々の活動が続いていました。ユーフラテス川から約15キロメートルの肥沃な平原に位置し、特に重要なのが紀元前3400~3100年頃の宮殿複合体です。ここからは、初期の国家社会が成立していく過程や、文字が登場する以前の高度な行政・管理制度を示す証拠が見つかっています。
アルスランテペは、人類が「村」での暮らしから、リーダーや官僚組織を持つ「国家」へと歩みを進めた歴史的な現場です。ここで見つかった大量の粘土製封印(行政で使われたハンコのようなもの)や巨大な宮殿施設は、文字が誕生する前からすでに高度な行政システムや経済管理が行われていたことを証明しています。
また、この遺跡から出土した青銅の剣は、人類の歴史における大きな転換点を示しています。それまでの道具や武器は主に狩猟用や護身用でしたが、アルスランテペの剣は「権力や支配」を象徴し、組織的な争いが本格化したことを告げる極めて重要な道具でした。これらの出土品は、現在は近くの市街地にあるマラティヤ博物館などに展示され、当時の洗練された金属加工技術を今に伝えています。
こうした「最古の国家形成」や「最古の金属器文明」というテーマは、近隣の古代都市やメソポタミアの古代遺跡とも深く結びついています。例えば、同じトルコ国内にあり、人類最古級の宗教施設とされるギョベクリ・テペは、アルスランテペよりもさらに古い時代の狩猟採集民による集会所と考えられています。