アーグラ城塞



デリーの南約204kmのヤムナー河岸に聳える赤い城。この赤砂岩で築かれた城は「レッド・フォート」とも呼ばれ、インドを支配したムガール帝国の全盛期の強大な権力を象徴するお城です。

1983年にユネスコの世界遺産に登録されました。

王家の悲劇が潜む都城

ムガール帝国でたった一人大帝と呼ばれた、3代目皇帝のジャラールッディーン・アクバル(在位1556~1605年)によって、1565~1573年に彼の居城として建てられたお城です。彼は、自分に服従しないものや、秩序を乱すものには残忍ともいえる厳しい態度で接していましたが、巨従するものには前例のない寛容さで接したといわれています。

20歳で統治権を掌中に治めた彼は、インド亜大陸で領土を広げ南端を除くほぼ全域を領地としました。広大な帝国を治めるために、人種・宗教・文化の垣根を取り払い優秀な人材を起用しました。ヒンドゥー教徒の人を武将にし、異教徒の女性を妃に迎え、イスラム教徒以外の人々に課せられていた税免除なども行っています。

しかし、このお城は悲劇の舞台となっています。

彼の2番目の息子は酒におぼれ先立ち、第3子ダニヤルは廃人同然、長男の4代目ジャハーンギール帝(在位1628~1657年)が後を継ぎましたが命を狙われるなど、私生活は波乱続きでした。

5代目はシャー・ジャハーン(在位1628~1657年)が跡を継ぎました。彼が15歳のときに城の中で年に一度行われる、ミーナ・バザールで見染めたペルシア出身の重臣の孫アルジュマンド・バヌー(12歳)と出会った5年後に結婚しました。その後彼女はムムターズ・マハルと呼ばれ、14人の子供を残しています。

彼女は36歳という若さで病死してしまいます。それを悲しんだ皇帝は、妃の墓を作りました。それが、世界遺産でもあり人気観光地の珠玉の霊廟「タージ・マハル」です。彼は、この霊廟を作るにあたり国が傾くほどの費用を使って建てました。

彼は、自身が皇帝になるために兄たちを殺すなど残忍な性格でした。息子のアウラングゼーブによってこの城に幽閉されました。死去する74歳までの8年間お城の部屋から、白く美しいタージマハルを眺めながら過ごしたといわれています。

実はシャー・ジャハーンは、タージマハルの川向こうの地(現在公園)に黒い自分のための墓所を作ろうと考えていたといわれています。しかし、それだけのお金がなく、彼を幽閉した息子に疎まれていた彼の死後はタージマハルの妃の横に棺を置いただけでした。

3代皇帝の居城の歴史

photo credit: Agra Fort via photopin (license)

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アクバル帝時代のお城は要塞としての機能を重んじた物でした。そのため暑さで住み心地が悪く、彼はこの城の完成を待たずに、40km離れたファテープル・シークリーに、1571年に新都を気づくよう命令しそこに移り住みました。このお城も世界遺産に登録されています。それから、孫である5代目シャー・ジャハーン帝の時代まで約半世紀もの間使われることがありませんでした。

シャー・ジャンハーン帝は城の改修・増築を行い、宮殿の機能が備わった住みやすい都城として復活させました。彼が好きだった大理石が多用されているのが特徴です。その後第6代目アウラングゼーブ帝(在位1658~1707年)が住み、長さ約2.5km、高さ20mの城壁を二重にし、その間に濠を作り、宮殿の他にモスクやバザール、居住区などを建て、無敵のムガール帝国の栄光を示すものとなりました。

アウラングゼーブ帝が1707年に死去した後、ムガール帝国は急速に力を失い分立化が進み、インド中西部のマラータ王国に蹂躙されてしまいました。イギリス植民地時代に起きたインド人傭兵による「セポイの反乱」で、ここが戦場となり500以上あったと予測される建物群はほぼ破壊され、現在残っているもののみとなりました。

赤と白の対比が美しいアーグラ城塞

残された宮殿はムガール帝国の富と権力を感じられるお城となっています。

2つの門

photo credit: Agra Fort via photopin (license)

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この城の門は、南と西の2ヶ所にあり、西門(デリー門)は現在とじられています。門には2.5kmにも及ぶ難攻不落の城壁を持ち、その巨大な姿には圧倒されます。

一般入場口の南門(アマル・スィンフ門)を潜り、濠を渡ると一枚岩を削って作られたボウルがあります。これは、4代目ジャハーンギール帝の妃がバラの香油を抽出するために使ったといわれるボウルです。

ジャハーンギール宮殿

アーグラ城塞

その右側には赤砂岩の壁面に白の大理石と金の装飾が華やかなジャハーンギール宮殿。残っている建物の中でこれだけがアクバルによって建てられた赤砂岩造のものです。

アーグラ城塞

宮殿の中庭から見える柱や梁にはヒンドゥーとイスラム様式の融合を見ることができます。その奥にはムガール様式のアングリー庭園があります。

シーシュ・マハル

アーグラ城塞

東側には皇帝の寝殿ハース・マハルがあり、隣接するシーシュ・マハルは所謂ハーレムと呼ばれるところで、小さな鏡と金属と陶磁器などで飾られ別名鏡の御殿と呼ばれています。

ムサンマン・ブルジュ

photo credit: Agra Fort via photopin (license)

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その東にあるのが、5代目皇帝のシャー・ジャハーン帝が晩年に幽閉された有名なムサンマン・ブルジュがあります。八角形の塔といわれ、この塔からは史上最も秀麗な白亜の霊廟タージ・マハルがよく見えます。

アーグラ城塞

内部は白大理石の壁面に草花模様の装飾や色とりどりの貴石で象嵌が施され、ため息が出るほどの美しさです。

ディワーニ・アーム

photo credit: Diwan-i-Aam via photopin (license)

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ディワーニ・アーム(公謁殿)には、シャー・ジャハーン帝によって、木造から大理石造りに建て替えられたものです。皇帝の間には、高さ7mのある花びらのアーチが九重に連なる大広間の中央奥にある、皇帝好みの美しい部屋となっています。ここの玉座で皇帝が一般民衆の訴えを聞き裁定を下していました。大理石の玉座には美しいアーチを作り自分の姿が輝かしく見えるように造られています

モーティ・マスジド(真珠のモスク)

見学はできませんが白大理石造り清楚な姿が印象的なモーティ・マスジドというモスクがあり、その美しさから真珠のモスクと呼ばれています。

妃たちのためにシャー・ジャハーン帝が造ったもので、中まで真っ白なモスクは心を清らかにしてくれます。白大理石のモスクは真珠のネックレスを見ているようです。

ナギーナ・マスジド(宝石のモスク)

ナギーナ・マスジド(宝石のモスク)は宮廷の女官たちのための宮廷礼拝堂として用いられました。

まとめ

photo credit: Agra Fort via photopin (license)

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このお城はほとんどが、第5代皇帝のシャー・ジャハーンによって造られたものです。ヤムナー川からの涼しい風に吹かれながら、ゆっくりとタージマハルを眺めて、かつて栄えたムガール帝国の力強さを感じてみませんか。

このお城では夜になると音と光のショーが行われています。建物に照明を当ててムガール帝国の時代からの様子を物語にしてナレーションや音楽や効果音で演出してくれます。時間にゆとりがあればぜひ。

 

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